Profile

私がやっていることはビジネスじゃない
私を生きるってこと
もりとものをやっているの

私の中にともちゃんがいて、私はともちゃんを愛して大事にして生きているの

ともちゃんはね、怖がりで、能天気で気分屋で、素直だけどあまのじゃくで、まっすぐしかできない

甘いのが好き、褒められたい、怒られるとムカつく、面倒くさいの嫌い、我慢なんてしたくない、私じゃない人が決めたルールに従えない

ともちゃんは「我が侭」

私はそんなともちゃんのわがままで純粋な願いを叶えてあげるために生きている

それが自分と向き合って自分大切にして生きるということ

ともちゃんにはすべてをかけてともちゃんのためだけに生きてくれる人がいる
私は私に絶対的に愛されているから何の武器も戦略も技も持たず
ありのままで生きていられる

私は、私の世界を創る神なのよ

1st.終わらせる選択

 私は子供のころ、ふと、「幸せになりますように」と願うことがありました。そしてすぐに不安になりました。自分だけ幸せでお母さんが幸せじゃないのは嫌だからです。お姉ちゃんもお父さんも友達もその家族も、、、日本人全員、いや世界だ。

 一人残らず幸せじゃなきゃ嫌だ。

 

 24歳の時、うつ病になりました。

 私はとても恵まれていて、何の不足もなく周りの人に大切にされて幸福であることを知っていました。それでも私の脳は不安製造機と化し、脳内は苛立ちと焦燥と暗澹で満たされていきました。眠る以外に思考を停止する方法はありませんでした。

 ある時から生きる理由を考えるようになりました。ずっと考え続けて出てきた答えは、生きるのに理由などないということでした。その日、私は自殺をしました。私が体験している現実も辛い感情も何もかもすべて私から生まれているのだと知っていたから、根源を断つことにしたのです。唯一の希望の光だった死を選択した時の絶対的安心感は今でも忘れません。

 でもそれは失敗して、私は死に損ないになりました。

 自分と向き合うことも自分以外と向き合うことも止めて、次に死ぬときのために生命保険に入っておこうと思い生命保険料を支払うというだけの理由で仕事をはじめました。

 人と関わって生きる中で私は少しずつ自分と向き合いはじめ、世界と自分を隔てていた膜が消えていき、現実に現実感が戻っていきました。

2nd.始める選択

 私を大きく変えたのは心理カウンセラーの心屋仁之助さんでした。

 心屋さんは「現実はすべて自分の心が創り出している。だから自分で創り変えられる。やりたくないことはやめてやりたいことだけやって生きよう。」そんな生き方を見せてくれています。

 私はそれをやってみたくなりました。私が私のためだけに生きれば私は輝き、周りも自由に輝いていくのだということを確かめたかったのです。

 私には人のためにできることなどひとつもありません。人を変えることも人を幸せにすることもできません。私は私のためにしか生きられないのだから堂々とすべての力でそれをやろうと決めました。

 ですが私には、どうしてもやりたいことも、本当に好きなこともよくわかりませんでした。そもそも仕事をしたいと思っていないのでどの職業もしっくりきません。確実だったのは「やりたくないこと」でした。言い訳、逃げ、人のせい、馬鹿にする、否定。私はそんなことばかりしていましたがもういい加減やめようと思いました。転職を繰り返してきたので、不満から退職して希望をもって別の会社へいくということの意味のなさを知っていました。

 きちんと自分と向き合って、自分で人生を創るということが最優先だったので最適な形としてフリーランスを選択しました。私にできることは事務だから、それをサービスとして提供してお金をもらおう。

 こうしてフリーランスの事務のお姉さんは誰にも知られず私の中だけでひっそりと誕生しました。

区切り
1985 千葉県で森家の次女として誕生
赤ちゃんは普通ひとえまぶただが、生まれた時にはすでにふたえだった
2005 専門学校のアシスタントとして就職
忙しくて大変な人の助けになりたいという思想が生まれる
1990 幼稚園のお弁当を「せんせいのこしていいですか」と許可を得に行く毎日
母は「この人はこれしか食べないで生きていけるのかしら」と思っていた
2006 求人広告代理店で制作部の求人に応募するも営業として雇われる
営業が全くできず人生最悪の日々を過ごす
1995 みんなして現実を演じている滑稽さを感じ、『私はこの世界を創り出している仮説』『みんな自分役をやっているだけ仮説』を思いつく 2008 派遣社員として大手企業で営業アシスタントをする
何の努力もせず豊かに健康に、温かい人に恵まれて暮らしている幸せに気づく
1998 両親が別居を始める
自分が信じているものはすべて思い込みに過ぎないと知る
2010 地元千葉の自動車整備工場でフロントと経理、総務全般を学ぶ
全く興味のない自動車のマニアックな知識も身につける
2002 BUMP OF CHICKENのファンになる 2012 心屋仁之助さんをテレビで知り本を読みあらゆることが腑に落ちる
“自分と向き合う”の本当のやり方を理解する
2004 専門学校でライブ作りを学ぶ名目で遊ぶ 2014 フリーランスの事務のお姉さんを始める
区切り